新しい納豆菌を見つけよう

 納豆菌はわらや枯れ葉などいろいろなところにいます。納豆研究者によれば自然界には1000種類以上いるそうです。しかし、日本国内で納豆製造に使われている納豆菌はほとんど3種類に限られています。宮城野菌、高橋菌、成瀬菌の3種類です。菌の名前には発見者や開発者の名前が付けられています。

 新しい納豆菌を自然界から発見するためのアプローチ法を考えましょう。

 納豆菌はすべてバチルス・サブチルス(Bacillus subtilis) に属する細菌で耐熱性の胞子を作ります。100℃の熱水をかけても死にません。カビの胞子などは80℃で死滅しますから、かなり高い耐熱性です。この性質は最初の選別に非常に有効です。なぜなら多くの食中毒菌や雑菌は100℃処理で死滅するのでそれらを除くことができます。

 リスクとしては耐熱性の胞子を作る食中毒菌、クロストリジウム・ボツリヌス菌とバチルス・セレウス菌(Bacillus cereus)があります。ボツリヌス菌は絶対嫌気性菌なので酸素のある所では増殖しません。昔、辛子レンコンで死者を伴う中毒事故が起きましたが、洗浄不足のレンコンについたボツリヌス菌が真空包装された製品中で増殖したといわれています。納豆菌は好気性微生物なので酸素がないところでは増殖しません。培地表面で増殖した好気性細菌を選ぶことでボツリヌス菌は除くことができます。セレウス菌は好気性細菌なので納豆菌の分離時に混じることがあります。セレウス菌を除くために第2の選別を行います。

 バチルス・サブチルス菌は乳酸菌と同様に安全な細菌といわれています。納豆菌はサブチルス菌の中でグルタミン酸から粘質物質を作る菌です。納豆の糸です。この性質を第2段の選別に使います。セレウス菌はこのような粘質物を作らないので除くことができます。市販の納豆から分離した納豆菌はすべて長い糸を作ります。良い納豆菌は長い糸引きの粘質物を作る菌です。

納豆菌の分離源

 納豆菌はどこにでもいます。わらづと納豆を作った稲わらが有名ですが、アジアの田舎を旅するとバナナの葉で作った納豆様食品を見かけます。バナナの葉、枯れ葉、竹の葉、土にもいます。私は庭の月桂樹の葉から糸引きの良い納豆菌を分離しました。

第1段分離

 分離源とする材料は適当な大きさに切って沸騰水をまんべんなくかけます。沸騰水に数十秒つけても良いです。このようにして材料についているカビの胞子や雑菌を死滅させます。ステンレスのザルなどにあけて水を切っておきます。

 蒸煮大豆を用意します。大豆は前日に水に浸けて、吸水させたのち、圧力鍋で1時間以上蒸煮します。蒸煮後、圧力が落ちたらすぐにふたを開けて、発泡スチロールなどの容器に移し、熱いうちに殺菌した分離源を混ぜて蓋をして30~40℃で1~2日間発酵させます。

 熱殺菌した月桂樹の葉を蒸煮大豆に混ぜて2日間発酵させたものです。匂いはまさに納豆です。白いところを爪楊枝で触れると糸を引きます。ここには納豆菌がたくさんいるはずです。爪楊枝の先を滅菌水で希釈し、標準寒天培地で混釈培養をして、シングルコロニーを取ります。

第2段分離

 シングルコロニーが取れたら糸引き検定培地に接種して培養後の糸引きを調べます。培地は、1.5% グルタミン酸ソーダ、1.5% スクロース、1.5% ペプトン、1.5% 寒天で平板培地とします。生育したコロニーに爪楊枝を触れて引っ張ると納豆菌は長く糸を引きます。

 今回、わらから取った納豆菌は糸引きが市販納豆菌に比べて弱く、できた納豆は苦味が強いものでした。どこから採取したわらによってとれる納豆菌の種類が違います。月桂樹から取った納豆菌は糸引きが強く市販納豆菌と変わらない納豆ができました。

 市販の納豆菌の標準寒天培地でのコロニーです。3種類ともに異なる納豆菌ですがコロニーの形状は似ています。月桂樹由来納豆菌は上の写真に似ていますが、わら由来納豆菌は明らかに違う様相でした。

 良い納豆菌が取れるかどうかはその時の運次第です。あなたがユニークな納豆菌が発見できることを祈ります。

 

手指の細菌をチェックしてみよう

 標準寒天培地を使って自分の手指の生菌数を調べてみよう。標準寒天培地は酵母エキス0.25%、ペプトン0.5%、ブドウ糖0.1%、寒天1.5%の組成で、あらゆる食品の汚染指標を調べる目的で使われます。出現する微生物は中温性好気性の細菌で、酸素を嫌う嫌気性菌や栄養要求の高い乳酸菌などは検出されにくい培地です。

 右のシャーレは庭の土いじりをしてタオルで土を払った指についていた細菌です。滅菌した標準寒天培地をシャーレに流して固めて放置し、表面の水がなくなってから人差し指、中指、薬指を培地に軽く押し付けて培養しました。土壌1gに数億の細菌がいるといわれるようにタオルで払ったぐらいでは取り切れない細菌がいます。コロニーの形が違うものは違った細菌です。小さな点に見えるもの、大きく広がったもの違う種類の細菌です。

 左のシャーレは手を水道水で洗ってからアルコール噴霧した指ですが、いくつかの細菌のコロニーが見えます。指のしわの間に隠れていてアルコール消毒では死ななかった細菌です。石鹸をつけてしっかりと洗えばより少なくなったと思います。なお、シャーレの上部に生じたコロニーはコンタミ、作業中に環境にいた細菌がまぎれこんだものです。

 微生物を取り扱うときは手を良く洗いましょう。

 

菌ハンターとは

 菌ハンターとは、いろいろな材料から人類の役に立つ微生物を捕まえる人のことです。微生物は人類は生きられない海の底から高山、熱帯から氷河地域までいたるところに住んでいます。

 大村智博士に率いられた北里大学の研究グループは静岡県川奈ゴルフ場の近くの土壌からStreptomyces avermitilisという新しい放線菌を発見しました。この放線菌が作るアベルメクチンという物質が寄生虫を効果的に抑えることが分かり、それから抗寄生虫薬イベルメクチンが生まれました。イベルメクチンはアフリカ人の失明原因であるオンコセルカ症の特効薬になり、無償提供されて多くの人々を失明から救いました。この放線菌の発見者の大村智とイベルメクチンを開発したメルク社のウイリアム・キャンベルはこの功績により2015年にノーベル賞を受賞しました。

 微生物が作る有機化合物が薬になった例は多くあります。古くはアレクサンダー・フレミングはアオカビが抗生物質を作ることを突き止め、多くの病気から人類を救うことになるペニシリン開発の基礎を作りました。この発見は全くの偶然で、黄色ブドウ球菌の培養シャーレにアオカビの胞子がコンタミとして入りそれが生育して黄色ブドウ球菌の増殖を抑えたことを見て研究を始めたそうです。

 薬以外でも微生物は多くの場面で人々の役に立っています。発酵食品は微生物の働きがなければできません。酒、ビール、ワイン、焼酎、パン、ヨーグルト、納豆、いづれもそれ用の微生物がいなければ米、麦芽汁、ぶどうジュース、非発酵パン、牛乳、煮豆のままです。酵母や乳酸菌、納豆菌がぶどう糖、乳糖、蛋白質を別の成分に変えてゆきます。肉眼では見えない小さな生物が大きな仕事をします。

 世の中にはまだまだ知られていない微生物がたくさんいます。どのような働きをするかわかっていない微生物がたくさんいます。菌ハンターは夢を見ます。新しい菌を見つけること。新しい物質を作ること。世の中に役に立つ菌を見つけることなど。身近なところでも新しい菌は隠れています。培養条件によって見つけることができない菌もたくさんいます。

 菌ハンターになるには基本的な菌の取り扱い技術が必要です。培養、純粋分離など微生物の取り扱い技術を身につけて菌ハンターを目指してみませんか。